2025.08.31ブログ
法悦 9月
2025年9月
法 悦9月号 900号
アンパンマンのマーチ
①なんのために生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ
今を生きることで あついこころ燃える
だから君は行くんだ ほほえんで
そうだうれしいいんだ 生きる喜び
たとえ胸の傷が 痛んでも
*ああアンパンマン 優しいいきみは
行け!みんなの夢 まもるため
②なにが君の幸せ 何をして喜ぶ
わからないまま終わる そんなのはいやだ!
忘れないで夢を こぼさないで涙
だから君は飛ぶんだ どこまでも
そうだ恐れないで みんなのために
愛と勇気だけが友だちさ
*(繰り返し)
ときは早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ ほほえんで
そうだうれしいんだ 生きる喜び
たとえどんな敵が 相手でも
*(繰り返し)
青色青光
8月末現在も放映されている、NHK朝の連続テレビ小説「アンパン」の主人公
の夫、やなせたかし氏は若き日の従軍体験から、戦場の狂気や人と人が傷つけ
合い、命が軽んじられる惨状を目の当たりにし、自身も飢餓に苦しみました。
そういった経験から戦争は絶対してはならないと、深く心に刻みました。
だからこそ氏の描くアンパンマンは、正義の味方ではあっても、闘う
ヒーローではなく、おなかをすかせて困っている人に、アンパンで出来た自身
の顔分け与える、心優しきヒーローとして描かれているのです。
「奪い合えば足らず、分かち合えば余る」と言われますが、正義というもの
がこの世に在るとするならば、それは分かち合い助け合うところにしか無い、
との氏の確信が、そこに込められているのでしょう。
お釈迦様の出身部族であるシャカ族は、隣国コーサラ国王の深い恨みを買い、
老いも若きも一族全員が殺戮され滅亡しました。
お釈迦様ご自身が、そのような底知れぬ悲しみを経験されたが故に、戒律の
第一に「不殺生戒」を設けられ、「恨みをもって恨みに報いるに、その恨み
止むこと無し、恨みを捨ててこそ恨みは止むのである。」と説かれ、どこまで
も慈悲心をもって、あい対してこそ、真実の正義となる事を説かれたのです。
多くの争いが「正義は我にあり」と、自身の立場を互いに主張し合うところ
から生まれますが、自身を含め人間の持つ弱さを受け入れ、いたらぬ者同士
との自覚を持つ事が、真の平和を切り開く機縁となるのです。
住職日々随想
先日あるラジオ番組で、こんなお話を耳にしました。
5歳の娘さんを持つお母さんからの投稿で「お母さん、戦争ってなあに?」と
娘さんに尋ねられ、少し考えてから「う~ん、大人のケンカかなぁ」と応えた
ところ、娘さんが驚いたように「大人なのに、なんでケンカするの?」と…
私はこのエピソードを耳にして、胸がいっぱいになりました。こどもは
物事をとてもまっすぐに見ます。
私たち大人は、国益のためだとか、安全保障のためだとか、戦争ですら様々
理屈を付けて正当化したりします、が、こどもの目から見れば、互いに傷つけ
合い、殺し合う最悪の「ケンカ」にしか見えないのです。
「大人なのになんで?」という問いかけに、私たち人間の持つ弱さ、心の
闇があぶり出されます。言い訳をいくら重ねても、こどものまっすぐな言葉は
その言い訳をすべて打ち砕きます。
子ども達の信頼を裏切ってまで、本当に争いが必要なのか?と、立ち止
まって考えさせられるのです。
およそ人間は過剰さを抱え持つ生き物、百獣の王ライオンは目の前を獲物が
通っても、空腹でなければ襲うことはありません。しかし人間は、空腹でなく
ても蓄えるために殺しもしますし、そこから利益を得ることを目指したり
もします。
また子孫を残すために、全ての生き物は生殖をしますが、多くはその役割を
果たせば命を終えます。
カマキリや鈴虫などは、交尾を終えればオスはメスの餌となり、次世代の栄養
となりますが、特に人間はその後も、60年70年と生きることもあります。
生きとし生けるものは、その生き方に迷いがありません。
しかし、過剰なものを抱え持つ人間のみが、それを喜びともしますが、また
苦しむ事にもなります。
まさに煩悩具足(煩悩に於いては欠けたるものが無い)であるが故に、迷いも
また深いと言えましょう。
殊に、むさぼりの煩悩、貪欲(とんよく)、怒りや憎しみの煩悩、瞋恚
(しんに)、そして無知や愚かさの愚痴(ぐち)の三毒の煩悩は、親鸞様が
「凡夫というは、無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲も多く、いかり、
腹立ち、そねみ、妬むこころ多くひまなくして、臨終の一念にいたるまで、
とどまらず、きえず、たえず」と述べておられますように、命終えるその時
まで消えることは無く、その極まりとして戦争を引き起こしもするのです。
こどものまっすぐな「なんで大人なのにケンカをするの?」の声に耳を傾け、
その声を忘れずに私の問いとして問い続けることが、真の平和への第一歩、
とは言えないでしょうか。
真宗入門 ーお釈迦様の呼び名ー
お釈迦様をはじめとする仏さまには、様々な呼び名があります。
お釈迦様がお悟りを開かれて以来、お敬いの気持ちと親しみを込め、
様々な呼び名が用いられるようになりました。
仏陀ー 目覚めた人、悟った人
釈迦ー シャカ族のお生まれの方
釈迦牟尼ー シャカ族の聖者
世尊ー 世界中から尊敬される方
如来ー 真如の世界から来られた方。そのお働き
仏陀(仏)ー真理そのものになった方
ゴータマー 尊者。目的を達成した方
(王子であった頃のお名前と合わせて
ゴータマ・シッダールタ)
大聖世尊・世雄ー 大いなる聖者・勇者
天人師ー 人も神も導きたもう師
能仁ー 慈悲をよくおこなう方
その他ー応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫など
があります。
殊に阿弥陀如来は、南無阿弥陀仏というみ名をもって、私たち衆生の
救いを成就された仏様。まさに仏名を称するのは、我ら衆生の報恩行に
他なりません。
アンパンマンのマーチ
①なんのために生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ
今を生きることで あついこころ燃える
だから君は行くんだ ほほえんで
そうだうれしいいんだ 生きる喜び
たとえ胸の傷が 痛んでも
*ああアンパンマン 優しいいきみは
行け!みんなの夢 まもるため
②なにが君の幸せ 何をして喜ぶ
わからないまま終わる そんなのはいやだ!
忘れないで夢を こぼさないで涙
だから君は飛ぶんだ どこまでも
そうだ恐れないで みんなのために
愛と勇気だけが友だちさ
*(繰り返し)
ときは早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ ほほえんで
そうだうれしいんだ 生きる喜び
たとえどんな敵が 相手でも
*(繰り返し)
青色青光
8月末現在も放映されている、NHK朝の連続テレビ小説「アンパン」の主人公
の夫、やなせたかし氏は若き日の従軍体験から、戦場の狂気や人と人が傷つけ
合い、命が軽んじられる惨状を目の当たりにし、自身も飢餓に苦しみました。
そういった経験から戦争は絶対してはならないと、深く心に刻みました。
だからこそ氏の描くアンパンマンは、正義の味方ではあっても、闘う
ヒーローではなく、おなかをすかせて困っている人に、アンパンで出来た自身
の顔分け与える、心優しきヒーローとして描かれているのです。
「奪い合えば足らず、分かち合えば余る」と言われますが、正義というもの
がこの世に在るとするならば、それは分かち合い助け合うところにしか無い、
との氏の確信が、そこに込められているのでしょう。
お釈迦様の出身部族であるシャカ族は、隣国コーサラ国王の深い恨みを買い、
老いも若きも一族全員が殺戮され滅亡しました。
お釈迦様ご自身が、そのような底知れぬ悲しみを経験されたが故に、戒律の
第一に「不殺生戒」を設けられ、「恨みをもって恨みに報いるに、その恨み
止むこと無し、恨みを捨ててこそ恨みは止むのである。」と説かれ、どこまで
も慈悲心をもって、あい対してこそ、真実の正義となる事を説かれたのです。
多くの争いが「正義は我にあり」と、自身の立場を互いに主張し合うところ
から生まれますが、自身を含め人間の持つ弱さを受け入れ、いたらぬ者同士
との自覚を持つ事が、真の平和を切り開く機縁となるのです。
住職日々随想
先日あるラジオ番組で、こんなお話を耳にしました。
5歳の娘さんを持つお母さんからの投稿で「お母さん、戦争ってなあに?」と
娘さんに尋ねられ、少し考えてから「う~ん、大人のケンカかなぁ」と応えた
ところ、娘さんが驚いたように「大人なのに、なんでケンカするの?」と…
私はこのエピソードを耳にして、胸がいっぱいになりました。こどもは
物事をとてもまっすぐに見ます。
私たち大人は、国益のためだとか、安全保障のためだとか、戦争ですら様々
理屈を付けて正当化したりします、が、こどもの目から見れば、互いに傷つけ
合い、殺し合う最悪の「ケンカ」にしか見えないのです。
「大人なのになんで?」という問いかけに、私たち人間の持つ弱さ、心の
闇があぶり出されます。言い訳をいくら重ねても、こどものまっすぐな言葉は
その言い訳をすべて打ち砕きます。
子ども達の信頼を裏切ってまで、本当に争いが必要なのか?と、立ち止
まって考えさせられるのです。
およそ人間は過剰さを抱え持つ生き物、百獣の王ライオンは目の前を獲物が
通っても、空腹でなければ襲うことはありません。しかし人間は、空腹でなく
ても蓄えるために殺しもしますし、そこから利益を得ることを目指したり
もします。
また子孫を残すために、全ての生き物は生殖をしますが、多くはその役割を
果たせば命を終えます。
カマキリや鈴虫などは、交尾を終えればオスはメスの餌となり、次世代の栄養
となりますが、特に人間はその後も、60年70年と生きることもあります。
生きとし生けるものは、その生き方に迷いがありません。
しかし、過剰なものを抱え持つ人間のみが、それを喜びともしますが、また
苦しむ事にもなります。
まさに煩悩具足(煩悩に於いては欠けたるものが無い)であるが故に、迷いも
また深いと言えましょう。
殊に、むさぼりの煩悩、貪欲(とんよく)、怒りや憎しみの煩悩、瞋恚
(しんに)、そして無知や愚かさの愚痴(ぐち)の三毒の煩悩は、親鸞様が
「凡夫というは、無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲も多く、いかり、
腹立ち、そねみ、妬むこころ多くひまなくして、臨終の一念にいたるまで、
とどまらず、きえず、たえず」と述べておられますように、命終えるその時
まで消えることは無く、その極まりとして戦争を引き起こしもするのです。
こどものまっすぐな「なんで大人なのにケンカをするの?」の声に耳を傾け、
その声を忘れずに私の問いとして問い続けることが、真の平和への第一歩、
とは言えないでしょうか。
真宗入門 ーお釈迦様の呼び名ー
お釈迦様をはじめとする仏さまには、様々な呼び名があります。
お釈迦様がお悟りを開かれて以来、お敬いの気持ちと親しみを込め、
様々な呼び名が用いられるようになりました。
仏陀ー 目覚めた人、悟った人
釈迦ー シャカ族のお生まれの方
釈迦牟尼ー シャカ族の聖者
世尊ー 世界中から尊敬される方
如来ー 真如の世界から来られた方。そのお働き
仏陀(仏)ー真理そのものになった方
ゴータマー 尊者。目的を達成した方
(王子であった頃のお名前と合わせて
ゴータマ・シッダールタ)
大聖世尊・世雄ー 大いなる聖者・勇者
天人師ー 人も神も導きたもう師
能仁ー 慈悲をよくおこなう方
その他ー応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫など
があります。
殊に阿弥陀如来は、南無阿弥陀仏というみ名をもって、私たち衆生の
救いを成就された仏様。まさに仏名を称するのは、我ら衆生の報恩行に
他なりません。
念仏は親の呼び声 子の返事
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 浅原才一
法語の味わい ー法語カレンダー9月号よりー
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 浅原才一
法語の味わい ー法語カレンダー9月号よりー
長寿たまわったのも
仏法聴聞のご催促
盂蘭盆会をお勤めさせて頂きました、お盆には多くの方が集まってくだ
さり、本堂で阿弥陀様に手を合わせ、共に正信偈同朋奉賛式でお勤めします。
永年お付き合いしてきたご門徒さんにも、高齢な方が増えました。
杖をたよりに遠方からもお越し下さる方もあります。
久しぶりにお会いし、嬉しくてお声を掛けますと、「日頃は自宅に来て
いただくばかりですが、年に一度は、お寺に足を運ばないといけません。」
と、気丈に言ってくださる方、ご高齢のお父様、お母様を気遣い、初めて
付き添ってお越しになった息子さん娘さんも何人かお見かけしました。
亡き方のご供養を願い、住職のお話に耳を傾ける。お母様を気遣う息子様
も共に聴聞くださる、ありがたいご縁でした。
坊守便り ー 民生委員子育て支援幼稚園 ー
地域の民生委員をさせて頂いていますが、様々な活動の一環として、月に
一度、幼稚園に入る前の赤ちゃんや子供達に、お友達とふれあう場を設け、
お世話させていただいています。
幼稚園に上がる前には、よそのお子さんと会う機会がほとんどないので、
お母さん達にも好評です。
子供の体重や発育の具合も気になるし、赤ちゃんとの接し方にも自信が持て
ないお母さん方に、保健師さんや保育所の先生がアドバイスして下さいます。
生まれて間もない赤ちゃんが、体操をしてもらってニコニコしている姿を
見て、保育もどんどん善いように進んでいるんだと感心しています。
夏の3ヶ月は、特別に日よけのテントやビニールプールを設営します。
衛生面にも気を付けながら、掛かり湯出来るよう沢山のバケツに、ぬるめの
お湯も用意します。
委員も3ヶ月はフル動員で、子供達と一緒に水をかぶりながら、お手伝い
する楽しい時間です。
九月の行事
4 日(木) 午前10時半~ ピラティス
18日(木) 午前10時半~ ピラティス
20日(土) 午後2時~ 秋季彼岸永代経法要
ご講師 阿倍野 即応寺 藤井善隆師
十月の行事
2 日(木) 午前10時半~ ピラティス
18日(土) 午後2時~ 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 唯德寺住職 當麻円純師
30日(木) 午前10時半~ ピラティス
寸言
何も出来ねぇから 助けてもらうんだ!
俺は助けてもらわねぇと
生きていけねぇ自信がある! モンキー・D・ルフィ(one pieceより)
仏法聴聞のご催促
盂蘭盆会をお勤めさせて頂きました、お盆には多くの方が集まってくだ
さり、本堂で阿弥陀様に手を合わせ、共に正信偈同朋奉賛式でお勤めします。
永年お付き合いしてきたご門徒さんにも、高齢な方が増えました。
杖をたよりに遠方からもお越し下さる方もあります。
久しぶりにお会いし、嬉しくてお声を掛けますと、「日頃は自宅に来て
いただくばかりですが、年に一度は、お寺に足を運ばないといけません。」
と、気丈に言ってくださる方、ご高齢のお父様、お母様を気遣い、初めて
付き添ってお越しになった息子さん娘さんも何人かお見かけしました。
亡き方のご供養を願い、住職のお話に耳を傾ける。お母様を気遣う息子様
も共に聴聞くださる、ありがたいご縁でした。
坊守便り ー 民生委員子育て支援幼稚園 ー
地域の民生委員をさせて頂いていますが、様々な活動の一環として、月に
一度、幼稚園に入る前の赤ちゃんや子供達に、お友達とふれあう場を設け、
お世話させていただいています。
幼稚園に上がる前には、よそのお子さんと会う機会がほとんどないので、
お母さん達にも好評です。
子供の体重や発育の具合も気になるし、赤ちゃんとの接し方にも自信が持て
ないお母さん方に、保健師さんや保育所の先生がアドバイスして下さいます。
生まれて間もない赤ちゃんが、体操をしてもらってニコニコしている姿を
見て、保育もどんどん善いように進んでいるんだと感心しています。
夏の3ヶ月は、特別に日よけのテントやビニールプールを設営します。
衛生面にも気を付けながら、掛かり湯出来るよう沢山のバケツに、ぬるめの
お湯も用意します。
委員も3ヶ月はフル動員で、子供達と一緒に水をかぶりながら、お手伝い
する楽しい時間です。
九月の行事
4 日(木) 午前10時半~ ピラティス
18日(木) 午前10時半~ ピラティス
20日(土) 午後2時~ 秋季彼岸永代経法要
ご講師 阿倍野 即応寺 藤井善隆師
十月の行事
2 日(木) 午前10時半~ ピラティス
18日(土) 午後2時~ 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 唯德寺住職 當麻円純師
30日(木) 午前10時半~ ピラティス
寸言
何も出来ねぇから 助けてもらうんだ!
俺は助けてもらわねぇと
生きていけねぇ自信がある! モンキー・D・ルフィ(one pieceより)
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